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高松高等裁判所 昭和47年(う)31号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

〈前略〉

弁護人の控訴趣意について。

所論は、原判決に重大な事実誤認があり、またその量刑についても、原判決の量刑は重きにすぎ不当である、というのであるが、まず事実誤認の主張について考えるに、

一原判示第二の被告人の業務上過失による鍋井則正の負傷と同人の死亡との間には法律上の因果関係がなく、被告人の右行為は業務上過失傷害の罪に該当するにすぎない、との論旨については、鍋井則正の司法警察員に対する供述調書、医師太田一長作成の診断書(二通)、証人太田一長に対する尋問調書を総合すると、鍋井則正は原判示第二のとおり、被告人の運転する軽四輪自動車に衝突されて判示道路南側の畑に転落し、よつて口辺部擦過傷、右半身打撲症、頸部捻挫、右肩、腰、大腿部挫創、前胸部挫傷、右外踝骨折、右小指挫滅、右撓骨々折等の傷害を受け、直ちに大川郡大内町三本松太田病院に入院し、医師太田一長の診断を受け、全治約三カ月の傷害と診断されたが、その後右外傷により破傷風にかかり、昭和四五年一一月一七日行なわれた血清療法もその効なく、本件事故後一七日目の同月二一日「声門けいれん」を起して窒息死したことが認められ、右本件事故による外傷、破傷風の発病、声門けいれん、窒息死の間には順次原因結果の関係があるものというべく、前記太田一長に対する尋問調書並びに原裁判所で取調べた日本医事新報(昭和四三年一〇月二六日号)中「破傷風予防接種の法制化と医師の法的責任」と題する部分写、阪大微研観音寺研究所鶴川清名義の「沈降破傷風トキソイド」と題する書面等によると、医師太田一長は、右鍋井則正を診断した当初、同人には右小指、口辺部等に外傷があり患部が畑の土壌で汚染された疑があつたのに何等予防処置(トキソイド注射等)を講ぜず、ついで一一月八日以降右鍋井が頸部硬直の症状を訴えたが、それは交通事故のときに目を打つた為であると思い、格別気にとめず、同月一六日になつて目の痛みの外食欲不振や背中の痛みを訴えるようになり、さらに翌一七日になつて目の痛みが激しいためはじめて破傷風の疑をいだき、同日午前一〇時ごろ破傷風の血清二C・C(一二〇〇単位)を打ち、ついで開口障害もあらわれたので同日正午ごろ手持ち血清の残り四C・C(二四〇〇単位)を打ち、一方高松市の讃岐薬品に血清を注文したがその納品が夕方になり、同日午後七時ごろから翌一八日午前一時ごろまでの間にさらに一一万単位ぐらいの血清を打つた。しかしその後病勢は次第に悪化し、全身けいれんが続き、一一月二一日ついに同人が死亡するに至つたことを認めることが出来るとともに、太田医師の右処置につき医療上の過誤があるのではないかとの疑があり、医師の処置いかんによつては、本件鍋井則正の死の結果は避けられたかもしれないということは考えられるが、それは医師が前記因果関係の進展を有効に阻止しなかつたことを疑わせるにすぎず、医師がその過失により積極的に別途の死因を与えたものでもないので、かかる事情の存在は、未だ被告人の本件過失による行為と鍋井則正の死亡の結果との間の因果関係を否定せず、右両者間には法律上因果関係があるものというべきであるから原判決にはこの点の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

二原判示第三の救護義務違反および報告義務違反については、被告人は被害者のあることに気付かずに現場を離れたものであり、被告人には事故発生の認識がなく、右違反につき故意の刑事責任を負うべきでない、との論旨については、原裁判所で取調べた関係証拠によると、被告人は、原判示のように鍋井則正運転の自動二輪車に自車を衝突させるまでは全然右二輪車に気付かなかつたが、衝突と同時にそれに気付き、しまつたと思い、衝突現場の交差点から約六メートル町道を南に進んだ地点に自車を停車させ、運転台右側ドアを開けようとしたが、二輪車との衝突による右フエンダー部凹損のためドアが開かず、右側窓を開けて車内から衝突地点の方を見たが、被害者鍋井則正は道路下の畑へ、また乗つていた自動二輪車は川へそれぞれ落ちていたため、何も見えなかつたので下車して附近をたしかめてみることもせず、そのまま自車を運転してその場を立ち去つたものであることが認められ、その状況から考え、被告人は鍋井則正の負傷につき未必的認識があつたと認めるのが相当であり、原判決にはこの点の誤認もなく、論旨は理由がない。

以上のとおり原判決には弁護人の主張するような事実誤認はないが、前記のようにその理由にくいちがいがあつて破棄を免れないので、弁護人の量刑不当の主張については後にふれることとし、刑訴法三九七条一項三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

原判決が適法に認定した事実に原判決挙示の法令を適用し被告人を懲役八月に処することとする。(本件が飲酒のうえ自動車を運転し、相手車輛に衝突するまでその存在に気付かないというような相当重い過失で相手に重傷を負わせ、その救護措置も講ぜずその場を立ち去り、その後傷口から破傷風菌が入り、医師の処置に過誤を疑わせるものがあつたとはいえ、とにかく被害者が死亡するという重大結果に発展していることを考えると、論旨指摘の示談成立、損害賠償金の支払等の事情を斟酌しても刑の執行を猶予するのは相当でなく、八月の懲役刑はやむを得ない。)

なお刑訴法一八一条一項本文により原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。

(呉屋愛永 宮崎順平 滝口功)

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